前の週末に、東日本大震災の被災地である宮古市に行ってきました。
今回は前回の記事の続きです。
前日(2021年3月13日)の夕方に宮古市に到着し、その翌日(3月14日)に宮古市を見て回りました。あいにくの雨でしたが、小雨であったことを幸運と考えることにします。
宮古駅からバスで向かったのはこちら↓。浄土ヶ浜です。
浄土ヶ浜って?
浄土ヶ浜は三陸復興国立公園にある三陸を代表する景勝地です。宮沢賢治も眺めたという浄土ヶ浜は、一度と言わず何度でも訪れたい名所中の名所です。(中略)
岩の上には岩手県の県木でもある「ナンブアカマツ」などの常緑樹があり、白い岩肌とのコントラストが日本庭園のような美しさを醸し出しています。浄土ヶ浜の名前は、天和年間(1681年から1683年)に宮古山常安寺七世の霊鏡和尚が「さながら極楽浄土のごとし」と、目の前に広がる風景に感嘆したことから名付けられたともいわれています。かの宮沢賢治も1917年7月に浄土ヶ浜を訪れた際「うるはしの海のビロード昆布らは寂光のはまに敷かれひかりぬ」という歌を詠んでいます。
あいにくの天気でしたが、風光明媚な景色を楽しむことができました。東日本大震災の際にはここにあるレストハウスも津波の被害を受けたようです。
↑の写真で、建物2階の壁にある線のところまで波が到達したようです。
私が現地で撮った動画も掲載しておきます。
浄土ヶ浜から一旦宮古駅に戻り、次に向かったのはこちら↓。
宮古駅から16㎞ほどのところにある田老地区にあるたろう観光ホテルを見てきました。
2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、「たろう観光ホテル」は四階まで浸水、二階までは柱のみを残し流失。
2013年11月、残存した建物を、国がはじめて震災遺構として保存することを決定しました。
津波の破壊力を感じます。
昨日は岩手県宮古市を回りました。特に印象的だったのは、田老地区にある津波遺構としての旧「たろう観光ホテル」です。6階建ての建物で、津波によって1階と2階はフロア全体が抜け落ち鉄骨がむき出しとなっており、そのまま保存されています。津波の恐ろしさを再認識しました。#東日本大震災 pic.twitter.com/KN9rnSIyd3
— 参議院議員 NHK受信料を支払わない方法を教える党 浜田 聡 YouTubeチャンネル登録よろしく! (@satoshi_hamada) March 15, 2021
こちらも私が現地で撮った動画を掲載しておきます。
この田老地区の観光案内所らしきところに、復興前後の写真がありました↓。
着実に復興が進んでいるように思います。
その後、宮古駅に戻りました。宮古駅隣接の市役所内に、災害関連の展示があったので見てきました。
色々と勉強になりました。
その後、JR山田線に乗って盛岡駅まで行き、盛岡駅から新幹線で東京へ戻っています。
震災そして津波のことを考える一日になりました。
ところで、2011年3月の宮古市の様子を撮影された方の動画がありましたので、ここで紹介しておきます。